【🇰🇷韓国観劇記1-1】エリザベート: 10周年記念公演 11/12 M 感想 & 東宝版との比較も

念願の韓国遠征!念願のブルースクエア!

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遠征の経緯とかチケットの取り方とかは軽くこちらにまとめたので割愛

いざ、劇場へ

地下鉄の漢江鎮 (한강진、ハンガンジン)駅を出てすぐにありました!名前の通り青い!

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劇場の周りには他のミュージカル作品のポスターがあったり、エリザののぼりが飾ってあったりします。

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劇場は、2011年オープンと比較的新しく綺麗な建物でした。お手洗いもトイレットペーパー流せます🧻 JCSのBBCHホールは建物が古いみたいで、流せないタイプでした。

当日のキャスト

憧れのビジュアルキャスボ☺️💕

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エリザベート: オク・ジュヒョン (옥주현)

トート: ノ・ミヌ (노민우)

ルキーニ: パク・ウンテ (박은태)

フランツ: キル・ビョンミン (길병민)

ゾフィー: ジュア (주아)

ルドルフ: イ・ソクジュン (이석준)

 

ちゃぴと和樹さんが出てた韓国観光公社の番組で見て素敵だな〜と思っていたオク・ジュヒョンさんのシシィ、フランケンでアンリ/怪物を演じていて歌唱力がえぐいとのお噂はかねがねだったウンテさんのルキーニ回を選びました。

 

同行者はミュージカルに興味がある人ではなかったので、特にキャスト等前もって伝えたりはしておらず、私自身あまり確認していなかったのですが、当日トート閣下はキャスト誰だ〜?とチェックしていたら、同行者が韓ドラを見て好きだったノ・ミヌさんだとわかりびっくり!とっても喜んでくれたのでよかったです☺️

 

韓国のミュージカルは、日本よりもアイドルの方などミュージカルを主戦場としている俳優さん以外の方の起用が多いのかと思います。トリプル・クワトロキャストのうち1人はアイドルの方〜みたいな。ノ・ミヌさんはTVでも活躍されていた俳優さんですが、ミュージカルに親しみのなかった人が、実際に彼をきっかけにミュージカルの世界に興味を持ってくれたのを目の当たりにしたので、こういった配役も韓国のミュ界が盛り上がっている1つの要因なんだろうなと実感しました。全てのキャストが人気アイドルというわけではなく、トリプル〜クワトロキャストと選択肢があるのでバランスも良いです。

(最近日本で、見たかった作品の主演がミュージカル未経験のアイドルのシングルキャストで、TVでの歌唱を見た感じ信頼はできずチケットを取らなかった=作品に出会えなかったという事例が何作か続いているので、うらやましいな〜と思いました。)

 

私のエリザベート遍歴

感想の中で過去に履修したバージョンの話をするかもしれないので載せときます。

📹 東宝エリザベート』Black ver. (2016)

💿 Elisabeth - Gesamtaufnahme Live - Jubiläumsfassung (2012)

📹 ELISABETH - Konzertante Aufführung 2022

🎭 東宝エリザベート』2022/10/14 S

🎭 東宝エリザベート』2022/10/21 M

※赤字は2022年に見た

まだまだ私はシシィの人生とトートの存在そのものについて自分の中で納得のいく解釈が構築できていないので、感想はぶれぶれになると思います。悪しからず。あと帝劇で見たちゃぴシシィがあまりにもブッ刺さっているのでちゃぴシシィの話はたくさん出ると思います。

キャスト&キャラクター中心感想

ジュヒョンシシィ

幼少期はおっとりふわふわ自分の世界の中で生きているタイプ。パパには甘えているけれど他の人には心を開いていなさそう、というか他者と仲良くなりたいとかも思っていなさそう。空想に耽って一人遊びしている。ちゃぴシシィはわんぱくすぎて周りがついてこないだけで気が合う人がいればぐいぐい仲良くなれそうだけれど、ジュヒョンシシィは引っ込み思案で人見知りかも。ふわふわ漂うニュアンスの自由の中で生きてきたであろうシシィなので「皇后の務め」では、ゾフィーの物言いに対する不満よりもむしろ突然社会に結び付けられることへの衝撃みたいなのものが大きかったです。

表情がとってもかわいいのよ〜おっとりゆったりした表情☺️💓

私だけに」は演出もパフォーマンスも素晴らしかったです😭😭😭

自室の扉の内側で俯きながら歌い始める⇨途中で扉を開け放ってバルコニーへと飛び出す⇨ショールを羽根のように靡かせながらまっさらな盆の上を逆走して歩くという一連の流れがシシィの心の変化とぴったりはまっていて素晴らしい演出です。

ジュヒョンさんの歌唱も、突然今までの生活から変わることを余儀なくされた不安な子ども、空を飛ぶことをふわふわと夢見ていた少女のような歌唱から始まり、徐々に歌声の深みを増していくことでシシィの成長を感じられる構成。ラストの素晴らしいハイトーンとひらひらと舞うショールの美しさが相まって、彼女がただ夢に見るだけでなく本当に飛ぶための力を得たような印象を受けました。高音の音色もふわふわした幼少期シシィの延長線上にある柔らかい音色なんだけれど、音量音圧ともにすごくて会場全体をぶわっと満たすような音で震えました。ジュヒョンシシィの「私だけに」は、彼女の心を押し込めるものからの解放、精神的な自由を手に入れるという文脈が強い気がします。逆に言うとこの時点では身体的な自由は多分想定されていない。その分「Maladie〜最後のチャンス」が効いてくるとも思います。美しい首輪を引き千切って旅に出るんですもんね。

「私だけに」以降のジュヒョンシシィは、行動自体は他のシシィたちと同じではあるんだけれど「我を通す」という感じではないんですよね。幼少期のふわふわシシィからガラッと変わっているわけではないので、最後通告の手紙を書いている姿なんかはまだ幼い子が必死に頑張っているように見えたりもしました。「私が思うままに」というよりは「私のままでいる」ことを目指していると言えばいいのか。。。「私が踊る時」もあんまりドヤドヤしていない。ドレスを広げながらくるくる回ったりしていて幼少期の行動が思い起こされて、やっぱり彼女の勝利の先にあるのは「私のままで生きること」なんだろうなと思いました。

ただ「魂の自由」で突然高笑いした後の自嘲気味な表情も忘れられなくて(純粋にめちゃくちゃ好みの表情してたってのもあるんですけど)。ハンガリーでの成功など強い皇后であることで心の自由を守ろうとしたとしても、勝利によって感じられる自由は一瞬で、真の自由を得るには狂うか飛び降りるかしかないんじゃないか、そうだとすれば今までの戦いは全て無意味なのではないか、そういった虚しさが一瞬の表情に表れていて好きでした。

シシィが行き着いた先とは

それはそうと、やっぱりこの作品はラストをどう解釈すれば良いかで毎度思い悩みます。それは多分、放浪することで身体の自由を得つつも手に入らないように思える「魂の自由」を求め続ける生活と「愛のテーマ」の間に彼女の人生観が見えるパートが少ないからだと思います。ルドルフやフランツとの関係は描かれるけれど、彼女自身の気持ちがよくわかるのは「パパみたいに (リプライズ)」くらい。あの曲の中では彼女の考えは変化しないし。「愛のテーマ」で死を受け入れる決定的なきっかけみたいな場面がないように思います。それでもなんとか自分なりに納得する解釈を考えたいものです。

韓国版はウィーン版と同じで「愛と死の輪舞」にシシィパートがあって、彼女はトートに向かって「私の魂の友人」「私の中にあなたがいる」と歌っています。幼い日のシシィが自分が死と一体であることを自覚していたことを考えると「愛のテーマ」は再び死と一体となることを指していて、それにより彼女は「私のまま」であるところの自由を永遠に手にすることができるのかもしれません。

でも結局のところシシィが求めたものはトートによってしかもたらされないってのはなんか微妙に不満なんですよ私的には。それはトート閣下が人格に寄れば寄るほどだし、ノ・ミヌ閣下は人格感強めなので、ラストの座りの悪さは大きめでした。トート閣下が女性体だったら案外すんなり受け入れられるかもしれないんでちょっと見せてもらっていいですか?YouTubeにジュヒョンさんがトート閣下パート歌ってる「私が踊る時」があるんですよ。。。。

話が脱線していますが、死と一体となることで「私のまま」のシシィに回帰するとすれば、ラストの「私だけに〜/俺だけに〜」は相反するようでいて実のところ同じ意味ってことになるのかもしれません。

ミヌトート閣下

ちょっとビジュアルの話から入らせていただきます。目の下にピンクのラインストーンつけてて、髪にもストーンつけてて、チークが濃いめのピンクでビジュだけ見るとギャル。ギャルピして写真撮ってる姿が容易に想像できます。別に中身はギャルみないんで見た目だけですけども。

EMKのインスタが上げてくれてる写真だと色味がわかりにくいんですが、目元のラインストーンは見えるかと思います。

どんな閣下だったかというと、初恋を拗らせた思春期のボンボンって感じですかね。めちゃくちゃ華奢なので幼く見えるのと、躍起になってシシィの気をひこうとするも当たって砕けてるタイプなのでそう思ったのかもしれません。古川閣下も私が見た2回のうち14日の方は、そんな感じで当たって砕けてはすごすご帰るっていう閣下だったのでその辺は少し近いところもありつつ、ミヌ閣下はより一層必死で余裕がなく、シシィに夢中になっている印象を受けました。最後のダンスのPVがYouTubeに上がってるのでリンク貼っときます。韓国のミュージカル界、版権ものでもOST頻繁に出るしこうやってPV作ってアップしてくれるの手厚くていいですよね。こういう動画があると、興味はあるけれど劇場に行くか迷っているみたいな層を呼び込めるような気がします。

「死」そのものとか冥界の長というよりは、未熟さであったり人間的なものを色濃く感じるトート閣下でした。彼の上に強大な父親なり母親なりがいて本当に冥界を治めているのは親、彼はぶいぶい言わせてる王子って感じ。何言ってるんだろうって自分でも思いますが、後から見たら面白いから残します笑  旧バージョン全く知りませんが、今「愛と死の輪舞」が入っているところは元々「黒い王子」というナンバーだったんですね。「黒い王子」ってワード、ミヌ閣下にぴったり当てはまるので気になります。

ジュヒョンシシィが歳を重ねていっても、ミヌ閣下は全く変わらないし成長しません。どの閣下だってそうなんですけど、ミヌ閣下は幼さが前面に出ている分そこのところが強調されていたように思います。全てを統べる「死」の概念としての雄大さは希薄な閣下なので、先ほど考えた着地点の解釈よりもラブロマンス的に受け取るのがいいかなと思ったんですけど、そうなると成熟したシシィの相手としてはあまりにも幼くてバランスがな〜とは思いました。パフォーマンスは良かったのでバランスの問題ですね。

ちなみに韓国版、閣下の登場シーンはおもしろ演出たくさんでした😂

まず、1番面白かったのが結婚式での天井ターザン。高笑いしているのは日本版と同じなんですけど、天井から何かにぶら下がってぶらんぶらん揺られてるんですよ。演出的には好みなんですけど、実際に揺られている閣下を見ると絶妙に面白くてくすっとしてしまいました。

「エーヤン」で石像の裏から出てきたと思ったら閣下専用エレベーターみたいなので地上階に降りてきたのもかわいかったな。

画像ありました。この足元がスーッと下がって地上階まで運ばれます。

トート役者にはスターを揃えているってのが大きいのかもしれないけれど、閣下のナンバーが終わると毎回ものすごい歓声が上がるので驚きました。みんなヒューヒュー言います。

ウンテルキーニ

ウンテって打つと反射的にアンリって続けてしまいそうになるので、途中で突然アンリの名前が出てきたら「ルキーニ」に読み替えて進んでください。

ビジュアルとか事前に出ていた「ミルク」のPVを見て「いや、ルキーニなのに小綺麗すぎでは??」って思っていたし、実際に見ても綺麗なんですけど、ユーモラスでお茶目なルキを確立していて新たなルキに出会った〜!って感じがしました。全体の感想や場面ごとの感想でも話すと思いますが、韓国版は演出のためか私が見たキャストの組み合わせの関係かはわからないものの「ルキーニpresents『エリザベート』冥界の王子を添えて」っていうのを強調するような作りになっていて、ルキーニが干渉してくる場面が多いんですよね。ただ、ウンテルキには、場を支配しようとしたり、客席に何かを見せつけてやろうみたいな圧はなく、自分が語る物語の中に偏在して茶々を入れるのが楽しいって感じがしました。

それでいて、めちゃくちゃ恋バナに食いついてくる笑笑笑 「やることをやりゃ〜世継ぎができる」みたいなシーン、シシィとフランツが寝室に入ろうとすると、ルキと客たちがぞろぞろ寝室の扉の前まで着いてくるんですけど、そこでのルキは「やだ〜もう〜あっははは〜」みたいな謎テンションで軍人さんたちに絡んだりしていて面白かったです。シシィとフランツの話題になるとキャッキャし始める下世話だけれど爽やかでお茶目かわいい軽めのルキーニ。そして歌がうまい。個人的趣味としてはもっとロックな喉を締める歌い方のルキが好みだったりするんですけど、とにかくうまいので楽しいです。「エーヤン〜私が踊る時」の間のハイトーンも完璧でした。痺れる。「ミルク」のラスト歌い上げもカッコよかったです。

「ミルク」の演出については、東宝版の方が好きです。東宝版はルキがミルク売りに扮していてそれを群衆が追いかけるというところがしっかりしていてわかりやすいのと、韓国版の謎の台車で運ばれるルキの図があんまり魅力的に思えませんでした。。。韓国版のルキはマエストロ的立場を取るので、ルキが群衆を指揮しているようなイメージなのかな?群衆がミルク缶を地面に叩きつけて音を鳴らしながら舞台前方に出てくるところはとても好きです。迫力ありました!

 

ビョンミンフランツは、歌がとってもうまい!!歌声の安定感と相まって思慮深さが前面に出た落ち着いたフランツでした。「計画通り」の前の時点で既にシシィのことが好きになっていそうな陛下で「あなたが側にいれば」での2人はごく普通に愛し合うカップルでした。シシィとフランツの関係はそんなに変わったところはなく、ルドルフとの父子関係の方が印象に残っています。

私は閣下も陛下も振り払って突き進むシシィが好きなので、基本陛下には当たり強いんですが、ウィーン版コンサートを見たら「私だけに(リプライズ)」でフランツが「ich gehör nur dir」って歌っていると知り、ちょっと陛下のことが好きになりました。愚かでかわいい。しかも「悪夢」で、フランツが「彼女に人生を捧げた!」って言ったらトート閣下に「貧相な贈り物だな」って言われてしまうのがまじで最高ですね。

 

場面ごとの感想 (東宝版との比較も)

かなり演出が違うので、なるべく思い出して書き残したいなと思います。印象に残ったところ中心でキャスト感想で既に言及したところは省略。

我ら息絶えし者ども:盆を回しまくる。盆の上に並んだ死者たちが踊りながら回る。全体に奥行きのある舞台をいっぱいに使う場面が多い。閣下はウィーン版のように上手から降りてくる橋?を下ってくる。センターには上からエリザベート肖像画が降りてきて閣下はその前に立って歌う。東宝版の羽根背負って上からゆっくり降りてくるのは絶妙に面白いのでどうかと思うのだが、桟橋方式がしっくりくるわけでもない。

パパみたいに:ここに限らず舞台の奥行きがある分、がらんとしてしまいそうなところを幕を使って仕切ったりちょっとした小道具を出したりすることで解消している。エリザはウィーン版本公演の様子を見たことがないからわからないけれど、がらんとした舞台+映像背景って手法はウィーン再演収録版M!に近い印象。机や扉など小道具の装飾が細かくて重厚感があるので、がらんとした舞台に乗せた時にもおしゃれになる。

ようこそみなさま:野外にテントを出してパーティしている。シシィ(多分代役?)はロープで綱渡りをしていてそこから落下(映像ではなく生身)。閣下がシシィを姫抱きした状態で舞台後方から回る盆に乗って出てくる。パーティの装飾があまり華美ではなく、シシィが田舎出身であることが窺えるのが良い。綱渡りは予想だにしていなかったのでかなりの衝撃だった。

愛と死の輪舞:トートが歌う間は時が止まっている演出。シシィはトートの方に手を伸ばして微笑みかけた状態で固まっている。ここのジュヒョンシシィは天使なのでめちゃくちゃ閣下に共感してしまった。トートがシシィの静止状態を解除すると、シシィの歌唱パートが始まる。東宝版だとシシィバージョンがないのは何故なのだろうか。やはり宝塚版がベースにある(=男役が歌うパートを多くする必要がある)の名残なのか?東宝版だけ見てきた私がラストの解釈がうまくできずに悩み続けてきた1つの要因だと思う。シシィと「死」の関係が現れて重要な歌詞だと思うのだけれど。。ここがないからラブロマンス解釈一択みたいになっちゃうところない?私だけ????

皇帝の義務:戦争への参加について話す時にはフランツが地図を広げて確認してる。執務室の背景にある柱のセットは結婚式の場面でも使われていてその時は盆の上にあるから、最初は背景に、そのあと盆が半回転すると舞台手前側に柱が出てきて、屋内と屋外を隔てるような役割を果たす。「結婚の失敗」は屋外に出てゾフィーとマックスが口論しているような感じ。

計画通り:曲前のフランツとシシィがはじめて出会うシーン、めっちゃ東宝版と違うな〜と思ったのに何してたか忘れた。シシィがなんか投げてた?蛇?わからん、忘れた。思い出せないの悔しいので知っている方コメントください。【12/4 追記】Twitter見てたら、フランツが仕留めた鳥を手づかみして渡してたって書いてる方がいました。多分それです。蛇って記憶はどこから出てきたんだろ😂

TwitterでリプかDMでもいいんで。お願いします。「計画通り」はヘレネの衣装がちゃんとかわいいのとケーキ食べたりルキからお茶受け取ろうとするジュヒョンシシィがとってもかわいい。曲終わりだったかな、向かい合って静止するシシィとフランツをルキが人形のように動かして、手を取り合っている形にするっていうシーンがあった。ルキによる人形劇としての『エリザベート

あなたが側にいれば:シシィとフランツが乗る船をルキが漕いでいる。船を停めるための動きにやけにリアリティを持たせて(なんかめっちゃ小刻みにオール使いながら頑張って岸に寄せていってる感出してくる)目立つウンテルキに笑う。ドライアイスを使用していて幻想的な風景。青くて薄暗い景色から徐々にピンク、オレンジの明るく温かみのある景観に変わっていく。この色味の変化には、シシィとフランツの間に愛があることを印象付ける。(まじで14日のちゃぴシシィとかフランツに対して恋愛感情を持っていないので、それに比べるとジュヒョンシシィはフランツのことちゃんと好きかもなと思う。)ちなみに「夜のボート」も同じロケーションで歌われる。

不幸の始まり:ターザンロープでぶらんぶらんするトート閣下😂

最後のダンス:桟橋で降りてくる閣下。上手手前にはフランツもいるけれど固まっている(多分ウィーン版に近い)。ジュヒョンシシィはミヌ閣下を恐れてはいないけれど、何度もフランツの方へ手を伸ばし、彼の元に戻ろうとする。

結婚生活の様子:シシィとフランツが舞台上に設置された小さな劇場の中にマリオネットとして登場する。話している内容は東宝版とおそらく同じですが、手には糸がついていてTDによって動かされる。三色旗の禁止と三色旗ドレスのくだりはなし。3人のハンガリー人は出てくる。ここでもルキーニが『エリザベート』を上演しているというのが強調される。

闇が広がる:シシィが人形として動かされている舞台の前を娘ゾフィーの棺を掲げたTDたちが通り過ぎる。それを見たシシィは腕の糸を外して舞台から飛び出し、フランツも追いかけるように糸を外して舞台から外に飛び出す。手の糸を自分で外すことができるシシィ好きだーーーーー。

退屈しのぎ:カフェの椅子や机に加えて、床に石畳が投影されていて「街角のカフェ」感が出ている。なぜか首元がやたら広く開いたボーダー服で出てくるルキーニ。なんで?😂 上手はシシィの寝室になっていて、彼女はルドルフに関する悪夢を見ている。

ひ弱な皇太子:ってここにある場面であっているかな?ゾフィーと子ルドのシーン。誰にも見つからないようにとキョロキョロしながら、リヒテンシュタインと子ルドが一緒にシシィの部屋に向かおうとしているのが泣けた。しかも、「子どもの養育は〜」が始まる前、シシィは誰かが自分の部屋を訪ねてきたことに浮き足立っている。結局訪ねてきたのはフランツだったからガッカリしているんだけれど、多分リヒテンシュタインと口裏を合わせてルドと会おうとしてたんじゃないかな。リヒテンシュタインとシシィの関係性よき。ちなみにこの時ルドが持っていた船の模型をシシィは「夜のボート」で水に浮かべます。

子どもの養育は〜エリザベート泣かないで:フランツの懇願に対して少し揺らいでいる様子のシシィ。でも決心して手紙を書き、フランツが扉から離れた隙にサッと扉を開けて手紙を外に投げる。フランツが振り向くと手紙だけが落ちていてシシィの顔を見ることはない。東宝版ではフランツはドア前から離れないし、シシィはフランツに直接手紙を押し付けて扉を閉じる。顔も見せないという点では韓国版の方がフランツには堪えるかもしれない。シシィの寝室やルドルフの寝室の場面では、窓から差し込む光を床に投影していてとても美しい。窓本体のセットはないけれどその投影だけでその場面の起きている時間帯と空気感がよくわかる。好き。シシィが寝室に行くと勝手にシシィのベッドに居座っている閣下。人のベッドに土足で乗るんじゃあない!ジュヒョンシシィは閣下に惑わされるというかただ疲れていて朦朧としながらキスしそうになるけれど、「なんてことをしようとしてたんだ!!!」と目を覚まして閣下を追い払う。

皇后の務め(リプライズ):開いた扉の奥に湯船のセットがあってそこにミルクが注がれていく。女官たちとっても楽しそうに張り切って美容グッズの準備をしていてかわいい。リヒテンシュタインなんて浮かれまくりでくるくる回っていたらシシィを探しにきたフランツにぶつかって恥ずかしい恥ずかしいってなる。かわいい。女官たちみんな仲良しそう。

私だけに(リプライズ):ミルク風呂に入っていたであろう部屋から出てくるシシィがセンター、下手にフランツ、上手の壁の鏡の中にトートがいるという構図。シシィは基本的にフランツに向けて歌いかけつつも、時折鏡の中のトートに対しても歌いかけて牽制する。ラストのジュヒョンシシィの高音は最高。ビジュも最高。

キッチュ:2階席だったので客席降り中全く見えない😂 黒マスクしてお土産配ってた。舞台に上がるとマスク外す。噂話にきゃっきゃするおばさまみたいに楽しそうにキッチュを歌うウンテルキ☺️ 

エーヤン:シシィとフランツがお手振りをしているのは舞台を少しだけ坂道状に傾けてあるちょっとした高台であまりかっこよくない。というか民衆と距離が近すぎて少々不自然。三色旗ドレスのジュヒョンシシィ最高。

私が踊る時:あんまりバチバチしていない。ジュヒョンシシィはふわふわくるくる回り始めるし、ミヌ閣下は負け惜しみ感。閣下はTDたちを引き連れて彼らを自らの羽根のように配置して強そうに見せながらシシィに迫り、シシィを後ずさらせるけれどその後のサビでは、生身のシシィに同じように迫られて羽根を従えたまま後ずさることになる。

ママ、何処なの?:だだっ広いベッドに1人で入って窓の外の雷の音に怯える子ルドの元にヘッドボードの後ろからぬっと現れる閣下。子ルドとミヌ閣下2人でいるとシシィを求めているのに構ってもらえない同盟みたいなところある。

この辺から曲順が不安。

皇后の勝利肖像画の描かれた壁や暖炉などゾフィーの部屋のセットが豪華。スキンヘッドの殿方のお歌がめちゃくちゃうまかった。

マダム・ヴォルフのコレクション:娼館が煌びやかで遊園地みたい。電飾がついたメリーゴーランドみたいなのに女の子たちが乗っている。フランツの元に送り込まれるのは、眼鏡をかけて本を読んでいる聡明そうな女性で東宝版のマデレーヌとはだいぶイメージが違う。楽曲後半で男性と娼婦たちがペアで踊るのだけれど、ルキはマダムと組んでいて曲終わり、脚を下から上に向かって触れられていってマダムの手が股に近づいたところで「ひゃっ」って言って股隠すのが動きも表情も全部お茶目かわいかった。下世話な話題になるとすぐきゃっきゃするウンテルキ。でも爽やかなんだよななんだろうな。

Maladie〜最後のチャンス:ジュヒョンシシィはフランツのことをしっかり愛しているので、陛下の裏切りに驚いてかなり動転。閣下に攻め込まれるけれど、すぐに思い直してネックレス引きちぎります。イケコ演出が肌に合わない〜とか日々言っていますが、なんだかんだ東宝版もしっかり好きなんですよ。ただ、ネックレス引きちぎるシーンがないのはまじで理解できないです。。。多分1番分かり合えないポイント。「あなたが側にいれば」で受け取ったネックレスはシシィの身体を宮殿に縛り付ける首輪であって、陛下が彼女を裏切ったことで彼女は首輪を引きちぎる=宮殿を飛び出す権利を得るという重要なシーンだと思うんだが。これをきっかけにシシィの放浪が始まると言えるし。この場面のジュヒョンシシィのハイトーンはとんでもなかったです。ばちばちに決まってました。最高。

父と息子:フランツは臣下にルドを見張るように告げている。東宝版よりもフランツが有能に見える。

Hass:なし

闇が広がる(リプライズ)〜独立運動:閣下とルドが同世代くらいに見えて、閣下は何を言えばルドを煽れるかよくわかっていそう。捕まるのは、フランツの執務室から書類を盗み出そうとしていたところをフランツの指令通りルドを見張っていた人に見つかったため。東宝版だとルドの逮捕劇はダンスシーンなどで抽象的なので、韓国版の方がわかりやすいかなと思う。閣下とルドのダンスバトルみたいなのもなかった。あれは本当に謎。

パパみたいに(リプライズ)〜僕はママの鏡だから:楽曲終わり、梅毒の症状が治まりきっていないのか突然倒れてしまい、女官に支えられて部屋に入る。そこにルドがやってきて歌うけれど、倒れた直後というのもあるし、息子のためとはいえ彼女に病気をよこしたフランツとの中を取り持つっていうのは難しいよなとこの場面におけるシシィの気持ちがようやく私の中でしっくりきた。

悪夢:映像をふんだんに使って盛り上げている。トートからルキーニへのナイフ受け渡しチャレンジはない。ルキ役者が自分の手に隠していたナイフをあたかも受けとたかのように出現させる。ウンテルキは閣下に心酔している様子はない。

愛のテーマ:ジュヒョンシシィ、刺された後も壁にもたれたまま唸っていてとても痛そうだし辛そう。そこに現れて彼女を全ての苦しみから解き放つのは超然たる死であってほしいんだよな。。。。でもミヌ閣下はめちゃくちゃ人間寄りなんよな。やっぱりラストの座りが悪い、バランス的に。ちなみにミヌ閣下はキスの後「なんで?🥺」みたいなきょとんとした顔をしているのでその点でも古川閣下みがあるかもしれない。

 

ここまで読んでくれた方はもうお気づきかと思いますが、私はいつもシシィのことばかり考えて『エリザベート』という作品を見ているので彼女が出てこないシーン、特に2幕後半の解像度がとんでもなく低いんですよね。。。

 

作品全体の感想

何度か書いた通り韓国版エリザは、ルキーニ作・演出の『エリザベート』という作品なんだと思います。

・金色で額縁のように装飾された舞台(額縁からはみ出て客席まで降りてくるのはルキーニのみ)

東宝版よりもルキの出番が多い

・舞台上のキャラクターに好き勝手絡みに行くことが許されているようである

・バートイシュルでシシィとフランツを勝手に人形のように動かす

・「結婚生活の様子」でTDが、人形化されたシシィやフランツ、ゾフィ動かしているが、ルキーニは人形劇の世界には入らない

これらによって、それが強調されています。ウィーンのコンサートでは、ルキーニが途中から語り手の座を超然たる「死」であるところのトート閣下に奪われているように見えたのでだいぶ違った方向性かと思います。東宝版はどちらとも取れるような感じでしょうか。

 

ラストの解釈について、死と一体になること=私のままであり続けること=シシィの求めたこととなると、何のために彼女は人生を送ったんだろうかとも思えてきてしまいます。でもこの前ウィーン版の訳詞を見て愛のテーマのラストが「The world will search in vain for the meaning of my/your life. 」だと知ったんですよ。今の私はまさに彼女の人生に意味を見出そうとしている状況ですし、エリザベートという作品が作られ、観劇されることも彼女の人生の意味を探る行為でそれさえ全て含めて、紛い物なのかもしれません。韓国版ではウィーン版と同じく、カテコでルキーニがキッチュ、トートが最後のダンスをワンフレーズ歌います。持ち曲を歌っているだけと言えばそれまでなのですが、本編が終わった後でキッシュを聴くと、これまで2時間半かけて観劇したエリザベートの物語だって紛い物でしかないのよ〜と言われているようで気分が上がります。

 

リンクをたくさん貼ったとはいえ1万3000字をオーバーしました。私が見返して楽しむことを1番の目的としているのではちゃめちゃな文章ですが、最後まで読んでくださった方は(いるかな?)お付き合いいただきありがとうございます。