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掘って耕す ミュージカル『この世界の片隅に』5/18 S 感想

見てきました「片隅ミュ(かたすみゅ)」!

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作品・公演概要

ミュージカル『この世界の片隅に ※初演

原作: こうの史代の漫画『この世界の片隅に』(2007〜09年『漫画アクション』で連載)
音楽: アンジェラ・アキ
脚本・演出: 上田一豪
劇場: 日生劇場

公演に先駆けて、アンジェラさんは今年2月7日にデジタルシングルとして劇中歌「この世界のあちこちに」をリリース。4月24日にはアルバム『アンジェラ・アキ sings 「この世界の片隅に」』をリリースし、周作役の海宝直人さんが参加しています。

NHKラジオ『ウエンツ瑛士×甲斐翔真の妄想ミュージカル研究所』での情報によると、1年前からワークショップが開催されており、その時には既に楽曲が出来上がっていたとのこと。他の日本オリジナルミュージカルに比べると、だいぶ早めにある程度形になっていたようです。

早めから製作→楽曲の先行リリースという流れを日本オリジナル作品の初演で行えたのは、新規客層の呼び込みを目指す上で良い選択だったと思います。どれほど効果が出たかはわかりませんが、少なくとも非ミュージカルファン層は得体の知れないものにポンとお金は出さないと思うので。情報は多い方がいいと思います👍

 

キャスト

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浦野すず: 昆夏美
北條周作: 海宝直人
白木リン: 平野綾
水原哲: 小野塚勇人
浦野すみ: 小向なる
黒村径子: 音月桂
すずの幼少期: 嶋瀬晴
黒村晴美: 鞘琉那

白木美貴子
川口竜也
加藤潤一

+アンサンブル 14人

 

作品感想

原作は未読で、今月に入ってから、予習がてらアニメ映画の『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』を鑑賞しました。

通常版と「さらいくつもの」どちらも見た友人によると、後者でフィーチャーされている白木リンのエピソードが通常版にはほとんどないそうです。ミュージカル版にはリンさんがしっかり出てくるので予習をしたい方には「さらにいくつもの」を見た方が良いかも。

さて、前置きが長くなりましたが作品の感想に入ります。

観劇後に抱いた率直な感想は「わるくない。わるくないけれど、なんだろう...?」。自分の気持ちを言語化して整理しつつ、日本オリジナルミュージカルの初演ということでレビューっぽく書いていきます。


音楽

作品のタッチと本質を捉えた音楽

音楽はやわらかく、心にすっと入ってくるような穏やかな音色が、漫画やアニメの温かみのあるタッチや瀬戸内海の雰囲気に合っていました。

この世界の片隅に』は第二次世界大戦時の広島県が舞台ということで重く悲しい題材を描くものの、地に足をつけて生きる人々の暮らしに焦点を当てた物語になっています。だからこそ、ほのぼのした場面やほっこりする場面も多く、そのギャップに大きな魅力があります。

こうした作品の魅力が、ミュージカル版では楽曲によってしっかりと表現されていました。特にそれを感じたのは防空壕を掘る場面。防空壕を掘るのは重労働ですし、掘らねばならぬような状況にあるのも辛いはずですが、この場面の音楽はポップで、しかもコミカルな踊りまでついています。

片隅ミュには派手な歌い上げのナンバーがあまりありません。それらしいのはすずさんの「端っこ」と径子の「自由の色」くらい。グランドミュージカルで活躍するキャストを揃えているので、ビッグナンバーを期待してしまう自分もいますが、作品の題材的にはなくて良かったと思っています。海宝さんが事前に歌っていた「言葉にできない」というソロ曲もカットになったようで、キャストの見せ場よりも作品の出来を優先していることがうかがえます。

 

J-POPらしさも"ミュージカル"らしさもある

楽曲はシンガーソングライターとして日本のポップシーンで活躍していたアンジェラ・アキさんが担当しています。「手紙 〜拝啓 十五の君へ〜」からストーリー性のある歌詞を書かれる方というイメージを持っていたので、ミュージカル作曲家になるために留学をするという情報を見て楽しみにしてきました。

片隅ミュの口ずさみやすく、耳当たりの良いメロディアスな主旋律はアンジェラさんのJ-POPでのキャリアからきたものだろうと思います。作品冒頭ではキャストの方々の歌い方にもポップスっぽい軽さがあって不安を感じたものの、昆さんを筆頭に作品が進むごとに感情が乗った「ミュージカル歌唱」になっていって良かったです。

メロディはJ-POPらしいのですが、その活用や楽曲の構成はすごく「ミュージカル」でした。モチーフの反復やリプライズの使い方も上手くて、きちんと分析したらきっとたくさんの気づきがあるだろうなと思います。

これまで何作品か日本の作曲家のミュージカルを見て来て、私は「J-POPっぽさ」を作品への没入を阻むマイナスな要素として捉えて来たのですが、こうして緻密な構成と作品内容に寄り添った歌唱スタイルと一緒になれば、魅力になるのだと気づくことができました。

 

脚本

脚本については腑に落ちないところがありました。1番は...

時系列を前後させたのはなぜ?

片隅ミュは大人になったすずさんの語りで始まり、そのすぐあとに彼女が右手を失い、伏せっている場面が続きます。そして右手を失う前のエピソードは、布団にいるすずさんと周作さん、すずさんとすみちゃんの会話を通した回想シーンとして位置付けられています。

この時間の行ったり来たりがなかなか激しくて、時系列がすごくわかりづらかったです。観劇直前に映画を見ていた私でもそう感じたので、この物語に初めて挑む人はもっと混乱したのではと思います。一応「昭和○○年○月」といった説明はあるものの、音声情報だけでは時系列の整理にあまり役立ちません。

とはいえ、時系列順にエピソードを並べたとすると「1幕に山場がない」という問題が発生すると思います。難しい問題です。これは漫画・アニメ原作ミュージカルの課題として私が頻繁に考えるポイントでもあります。

片隅ミュはこの問題を意識して乗り越えようとしたんじゃないかと思います。1幕冒頭の晴美ちゃんの未来を予感させる場面であったり、効果的に感じる時間の行き来もあった(後の展開を私が知っているから感情が高まったのかもしれないけれど)ので、必要最低限の行き来に抑えられたら良かったのかもなとも。

時系列の組み替えって、頭の中でバチっと繋がると感動が大きいけれど、1回の鑑賞でそれを起こそうとすると結構難しいですよね。

 

山場が「三角関係」でいいのか?

作品の情報解禁時に東宝公式が発表した「すずと周作と三角関係になる白木リン」という文言の『三角関係』の部分について、疑問の声が上がったのを覚えています。

私はそのときまだこの作品に触れたことがなかったので詳細はわかりませんでしたが、アニメ映画を見て「確かに『三角関係』というワードはちょっと引っかかるかもな」と思いました。リンさんのエピソードを三者による恋愛模様ではなく、すずさんとリンさん、2人の関係性の構築として私は受け取ったからです。

片隅ミュの1幕終わりは、すずさんとリンさんがお互いに相手と周作さんの関係を理解して、不穏な音楽が流れる中で対峙する場面です。ここに来て私はまさに「解釈違い」を起こしました。

もちろん片隅ミュでもお花見の場面を筆頭にすずさんとリンさんが心を通わせる素敵な場面はあるのですが、作品の大きな見せ場、ものによっては核ともなるような1幕の締めくくりが2人の対立を煽るようなものだったのには疑問が残ります。

 

演出・美術

ノートを開いたような和紙らしい質感のセットにすずさんの描いた絵が映し出され、その中をすずさんの出会った人たちが動くというのは「記憶の器として生きる」という物語のテーマとも合っていると感じました。

爆撃の描き方

見せ方の面で気になったのが、呉への空襲と広島への原爆投下の場面。意図したのかそうでないのかはわかりませんが、こうした「攻撃」の場面の演出は思ったよりも控えめでした。

実際にたくさんの死傷者を出した爆撃を派手な効果で盛り立てると、戦争を「エンタメ」として消費することになってしまうのかも、と考えたり、でももう少し緊迫感は出した方が作品としては締まるよな、と思ったり。劇場がもう少し小さかったからまた違った印象を受けるかもなとも考えたりしました。

 

舞台化・ミュージカル化の意義

生身の人間としての「白木リン」

私は生身の人間として白木リンが存在する「えぐみ」に舞台化の意義を強く感じました。アニメ映画では、かわいらしいタッチのイラストの効果でリンさんの境遇がマイルドになっていましたが、平野綾さんが目の前でリンさんを演じることで、貧しい生まれで(恐らく)娼館に売られ、火に包まれて亡くなった、そんな女性が「いたんだ」と心にずっしりきました。

リンさんがすずさんにスイカを分けてもらった日のことを繰り返し繰り返し歌うのも良かったです。幼き日に触れた優しさを胸に死にゆく日を想う姿は切なく、そして美しかったです。ナンバーのお陰でリンさんの心情が作品の核に明確に結びついていたように思います。

 

ミュージカル化の難点

音楽のところで「ビッグナンバーがない」ということを書きました。それは描く題材や作品の雰囲気からも思ったことですが、最終盤に径子が歌う「自由の色」を聴きながら改めて感じました。

このナンバーが歌われるのは作品の「結末」にあたるような場面で、ナンバーそのものの良さと音月桂さんの歌唱のエネルギーによってとても「ミュージカル的」に仕上がっていました。この場面をビッグナンバーにするのはミュージカル化においては「正解ど真ん中」なんだろうなとも思いました。

ただ、原作の(私は映画しか見ていませんが)台詞が情報の過不足なく、そして心を惹きつけるものであるがゆえに、歌という表現が素晴らしい場面を間延びさせてしまっているような感覚もありました。これは言葉や台詞に特徴のある(というか言葉や台詞が優れている)作品をミュージカル化するにあたっての難しいポイントなのかもしれないなと思います。

 

キャスト感想

皆さんパフォーマンスが素晴らしくて見応えがありました。気になるとすれば、歌が上手い人は饒舌に見えちゃうってところかな😂 

↑稽古場映像がちょうど昆×海宝×平野パターンでした🙏

昆すず

愛する昆ちゃん。いつだってミュージカルが上手い。私がこれまでに見た役では怒っていたり絶望していたり、控えめな役でもテンション自体はハイってことが多かったので、おっとりしたお芝居は新鮮でした。

のんさんの声のイメージが頭の中にしっかりあって最初はだいぶ混乱してしまった(四季の『アナと雪の女王』見た時も似たことが起きた)ものの、豊かな感情表現、アニメとの差異にはやっぱり「あの時代を生きた1人の女性」の実存感があって良かったです。

 

海宝周作

映画を見ながら、周作さんと海宝さんはちょっとビジュの雰囲気が近いな〜と思っておりました。どうしても海宝さんを見るとエキセントリックな音程の派手ソングを聴きたくなりますが、役には合っていたように思います!

昆ちゃんとのデュエットはやっぱり絶品。そして海昆ラバーとしては2人が喧嘩デュエット始めると盛りあがっちゃいます!いいぞ、もっとやれ!!

 

平野リン

平野綾ちゃんに白木リンをキャスティングした方!天才!!!!このミュージカルの1番のブッ刺さりポイントはここでした。完璧キャスティングすぎる。リンさんの魅力がこれでもかと表現されていました。

 

音月桂さんの径子も歌・お芝居共に素晴らしくて作品全体の魅力を底上げしていると感じたし、初めて拝見した小野塚さんの水原、小向さんのすみちゃんも声色でのキャラクター表現が巧みで感動しました。「思いがけず海軍(陸軍)の秘密に触れてしもた😆」とキャ😆のところ、2人ともほんとにこの絵文字みたいに目がくの字になっていて可愛すぎました〜🫶

 

本編の感想ではないけれど・・・

このプロダクションは、日本のクリエイターが日本語で日本を描くというまだまだ日本のミュージカル界で発展していない部分を「耕す」ようなものだったように思います。

この作品は最近の漫画・アニメ原作グランドミュージカルの流れに乗るものなのだけど、ミュージカル界隈各社が口を揃えて言う「新規客層の開拓」とは違う狙いがあったと思いたいです。

というのも『この世界の片隅に』の熱狂的なファンってあんまり見たことがなくて、どちらかというと多くの人に広く愛される良作のように見えます。その分原作ファンの獲得は難しい。そして公演序盤の売れ行きからもわかるように「日本オリジナル×日本が舞台」はミュージカルファンの手も他のグランドミュージカルほどは伸びにくかった感じがします。

それを分かった上で、きっちり時間をかけてワークショップをして、CDを出して、ブラッシュアップして、上演できたということを考えるとなんだかすごいことをやっている気がします。こういう道のりを経て、日本の観客が心を寄せられる大ヒット和ミュージカルが生まれいくんだろうと思います。

 

CROSS ROAD』『ゴースト&レディ』『この世界の片隅に』と今春は日本オリジナルミュージカル三昧でしたね!

 

【昆ちゃん関連】

 

【海宝さん関連】

 

平野綾ちゃん関連】