Mind Palaceがない代わりに

来年には大学生じゃなくなるのでタイトル改めました。

分かり合えない現実を描く『SERI 〜ひとつのいのち』10/6 S 感想

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conSept作品の観劇は、2021年版『いつか』『GRAY』に続いて3作目ですが、どれも他の作品、特にグランドミュージカルの世界では見落とされたり、捨て置かれたりしてきた現実を描き出しているところが魅力のひとつだと感じます。今作は、無眼球症と鼻の骨の大きな歪みを持って生まれてきた千璃とどのように向き合うか葛藤する両親、そして千璃の出生に関わる医療裁判を扱ったミュージカルです。


千璃の母 美香は、キャビンアテンダントとして活躍したのちニューヨークへ留学。自身の会社を立ち上げる目前で、友人たちからも「パーフェクト」と呼ばれるような存在として描かれ、父 丈晴も地方出身ながらニューヨークの会計事務所で働いており、成功者のように見える。そんな2人の元に千璃は生まれます。2人は千璃の障がいに驚くと同時に、医師が何の説明もせず逃げるようにその場から立ち去ったことに困惑。また、事前のエコー検査で医師からは「異常なし」と言われていたものの写真を見せてはもらっていないことに対して疑惑を抱きます。

 

You Don't Know -分かりあうことはできない両親

序盤では、障がいを持つ千璃の未来に絶望する美香と前を向いて進もうとする丈晴が描かれます。丈晴のある種脳天気な気質が美香を励ましているような部分もあり、若干、観客が丈晴に共感しやすいように話が進みます。そして2人の育児生活が描かれるのですがここが面白い。

千璃にミルクをあげようとするが撥ねつけられて苦労する美香、帰宅する丈晴、ご飯の準備中に千璃を抱く丈晴、配膳をして千璃を再び抱く美香とご飯を食べる丈晴、就寝する丈晴、千璃を寝かしつけようとするがベッドに寝かせようとすると泣き始めるため再び抱きかかえる美香、日の出、配膳をして千璃を再び抱く美香とご飯を食べる丈晴、出社する丈晴という一連の流れがループする様子が描かれます。また、流れを繰り返すうちに丈晴が千璃や美香へ気を配る時間は短くなり、同時に美香は活力を失っていきます。

このシーンでは「育児において母親にばかりかかる負担」を描き出しています。赤ちゃんというコントロールが効かない生命とともに、閉塞感のある家の中で永遠に続くかのような毎日を繰り返す、この苦しみは子の障がいの有無に関わらず、多くの母親が強いられてきた普遍的な苦しみであるはずです。

また、丈晴は「ずっと家にいるから余計に辛いんだ」と週末にはベビーカーに千璃を乗せて3人で散歩に行くことを提案します。しかし、他人の視線が気になる美香は、その反対に全く気にしないように見える丈晴に「美香が気にしすぎなんだよ」と言われて怒りを露わにします。週末ちょっと散歩に行くだけのあなたには何もわからないと。

丈晴の前向きな姿勢や倫理的に正しいように思われる発言が、千璃と2人きりの毎日を過ごし、自分の仕事に手をつけることもできない状況の美香を傷つける。今作の重要な台詞として「美香のせいじゃないよ」という言葉があります。これは千璃の障がいを知り泣き崩れる美香に向かって冒頭で丈晴がかけた言葉です。美香は物語が進んでいったのちにこの言葉を振り返り、「あの瞬間に私は当事者、丈ちゃんは傍観者になった」と発言します。障がいは「美香のせいじゃない」という言葉は、優しい響きを持つように思えます。しかし、その裏には「障がいは自分のせいであるはずはない」それならば「母親のせいであるのかもしれない」という思考があったことを示しています。(「美香のせい〜」という台詞は冒頭で出てきたときから違和感を覚えていたので、中盤での伏線回収には沸きました!!!)

話があっちこっちに広がりましたが、今作では育児における母親ばかりが強いられる閉塞的な苦痛や父親の当事者性の薄さという普遍的な題材を描き出しています。分かり合えるわけのない相手からの歩み寄りに対する怒りという意味では「Next to Normal」でダイアナが歌うYou Don't Knowにも近い場面があったりも。ただ今作の場合は、丈晴もYou Don't KnowするのでYou Don't Know合戦になります。

両親に限らず、美香と彼女に訴えられる医師の分かり合えなさというのも本作ではフィーチャーされていて、「分かり合えない現実」というのが1つ今作のメインテーマになっているのだと思います。

 

手術を受けるべきか受けざるべきかー実話だからこその展開

美香はノイローゼ状態になり、千璃とともに飛び降り自殺を図ろうとします。しかし、町の音に感化されて千璃が初めて笑い声を上げたことをきっかけに「何があってもこの子を守り抜く。彼女が幸せになるためなら何だってする」と決意を固めます。

当初、美香は自分が千璃の障がいを受け入れられないがために義眼の挿入と鼻の整形を決行しようとしますが、義眼を入れるためのスペースを作る手術はうまくいきません。対して今度は「千璃が幸せになるために」鼻の手術を強行します。美香の考えは、心無い世界に目が見えず、言葉も話せないまま晒されることになる千璃を守るためには、少しでも人にかわいいと思ってもらえることが重要なんだというものです。手術について、丈晴は大規模な開頭手術になることから脳への損傷などのリスクがあるため行うべきではないと主張し続けますが、傍観者であるという指摘を受けたことや美香の「守りたいからだ」という考えに押される形で手術を決断します。手術は成功しますが、縫合した箇所が一時的にとはいえ腫れ上がった娘の姿を見て2人は「何をしてしまったんだ」と後悔することになります。しかし、2人は想定していなかったのだが、鼻の形成により脳に酸素が行き届きやすくなったことで千璃が言葉を話せるようになるという大きな効果を得ることとなるのでした。

この手術をめぐる展開は、実話をベースにしているからこそのものであると感じます。

私がこれまで触れてきた作品を参考にするならば「おそらく千璃は千璃のままでいい、リスクを負ってまで手術を受けなくていいし、私たちで彼女を守っていこう」という展開が王道であると思われます。対して今作の展開では、手術を結構したことへの深い後悔と手術により千璃が言葉を話すようになったことへの喜びが見られます。手術を受けることによる闇と光を描くことでストーリーの展開的にはある種の矛盾のようになる。それが「現実である」ことを突きつけてくるような展開になっていて興味深かったです。

 

最後に、各社が国産ミュージカルに力を入れる中がなかなかうまく行っていない要因として「ミュージカル曲」を作ることができる作曲家が少ないという問題があるのかなと素人ながらに思っているのですが、桑原まこさんの音楽はいつもミュージカルになっていて素敵だなと思います。特に今作はリプライズのタイミングが私の感情の波とハマってすごく楽しく観劇できました。

 

【思い出し追記】

舞台と客席すべて電気が落とされた状態で千璃生きている世界の一部を体験できるような演出も面白かったです。

 

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