随分昔に雪組版と梅芸ちゃぴかず版の映像を見たきりだったので、観劇中にだんだん色んなことを思い出してちょっとしたアハ体験の連続でした。
作品概要
Phantom
初演:1991年 ヒューストン
脚本:Arthur Kopit(アーサー・コピット)
作詞・作曲:Maury Yeston(モーリー・イェストン)
今年は『DEATH TAKES A HOLIDAY』も観劇できたのでモーリー・イェストン作品が2本目です。ぜひ『タイタニック』と『グランドホテル』も再演してほしい!
当日のキャスト
ファントム:加藤和樹
クリスティーヌ:真彩希帆
シャンドン伯爵:城田優
カルロッタ:石田ニコル
アラン・ショレ:加治将樹
キャリエール:岡田浩暉
少年エリック:星駿成
感想
私は『ファントム』という演目自体が元々そこまで刺さっていない人間ですが、演者さんたちのパフォーマンスは素敵だと感じているので、そのあたりの感想が読みたい方は目次から「キャスト感想」までジャンプお願いします。
作品について
醜いものを美しいと思うのが真の愛なのか
私が『ファントム』の中で一番好きなところは、キャリエールがエリックの父であることを打ち明けたあとの2人の会話です。
エ「僕の顔どう思ってる?」
キ「・・・もうちょっとましだったらと・・・」
エ「笑 自分でもテノール向きじゃないなって思ってたよ笑」
キ「バリトンになら向いてるって?笑」
笑っていいのか微妙なラインのジョークがエリックとキャリエールの間では成立していて、キャリエールが「エリックの顔を醜いと思ったままエリックを愛している」とわかります。私はこの「醜いものを醜いと認めたうえでそのまま愛す」というテーマがとても好きなのですが、作品全体で考えるとこのテーマよりもむしろ「醜いものすら美しいと思うのが愛」というテーマの主張を強く感じました。美醜の判断は主観に頼る部分も多いのですが、ここでは「エリックの顔は醜い」という認識で進めます。
キャリエールはベラドーヴァとの出会いからエリックの成長までを振り返る場面で、「なにより辛かったのは彼女が我が子の顔を美しいと思っていたことだ」と言います。ベラドーヴァは怪しいハーブを買っていたとも語られるので、この場面では「エリックの顔を美しいと考えることは異常」という印象も受けますが、ベラドーヴァがエリックの顔にひるまず、愛おしそうに抱く様子に「エリックの顔を美しいと思えることが愛」であるという印象も受けました。
「まことの愛」を歌ってクリスティーヌは、エリックを説得し仮面を外させることに成功しますが、エリックの顔のあまりの醜さに絶句し、走って逃げていきます(ここの場面はいつ見ても『そりゃああんまりだぜ、クリスティーヌ』となってしまいますね。)。クリスティーヌはその後エリックに謝ろうとしますがオペラ座は大混乱で、2人が話をできるようになったのはエリックがキャリエールから致命傷となる銃撃を受けて瀕死になってからです。クリスティーヌはエリックを腕に抱いて「ベラドーヴァがエリックに歌いかけた子守歌である」Beautiful Boyを歌いかけ、彼の死後、仮面をとって額にキスを落とします。
この徹底した重ね合わせが、ベラドーヴァと同じように「醜いものでさえ美しいと思えるのが愛」というテーマを全面に押し出しているように思います。クリスティーヌは1度エリックの顔を拒絶していることを考えると、「醜いままを受け入れて愛する」線も残るとは思うのですが、やはりクリスティーヌとベラドーヴァの重ね合わせが強いと「醜いものでさえ美しいと思う愛」の方向性が強くなるように感じました。クリスティーヌにベラドーヴァと同じ母性的な愛を求める構造も相まって、いまいち私には合わないなと思った次第です。
機能としてのキャラクター
もともと「キャリエール!全てはお前のせいだろ、俺も辛いみたいな顔すんな!」とか、脚本に対してツッコミたくなる部分は多かったんですけど、今回見ていてそれとは別に「キャラクターが『機能』っぽいかもしれない」と感じました。どんなキャラクターも劇中でなんらかの機能を果たすわけだけれど、私的にはキャラクターの感情や思考が機能より前に来ることを望むので、『ファントム』が刺さらない理由はそこにあるだろうなと思いました。タイトルロールであるエリックの描き込みは細かいけれど、それ以外のキャラクターの行動に意外性がなくて、その役の属性ならこういう行動をするみたいなパターンに当てはまりすぎているというか。。。
特にキャリエールがクリスティーヌに、エリックの生い立ちを説明する場面、キャリエールが「説明する機能」に留まっているのが気になりました。エリックが撃たれてからの場面とかは機能<感情になるんですけどね、いかんせん説明のシーンが長い。
演出について
おおむねわかりやすい演出だったのですが、ちょくちょく不思議なところがありました。1幕終わりにシャーーってエリックが上から降りてくるところと、2幕終わりにキャリエールに撃たれようとエリックがロープに掴まって上に昇ってそしてスローモーションで落下するところが映像で見たときよりも面白くてちょっと大変でした。
My Mother Bore Me周りの演出にも謎が。ピクニックの場面で舞台後方を覆っていた緑の幕をエリックが取り去ると雪のような白い粉が舞い降りてくるという演出。とても綺麗だったのですが、意味があんまり掴めなくて。舞台上のキャラクターがセット転換をするという意味でとてもメタ的な演出だと思うんですけど(ちょっと『ピピン』っぽい?)、この場面でメタ的な視点を取り入れる意味とは?という感じはありました。
終演後だいぶ経ってからも考えて、私の中では「ピクニックに出かけた森がオペラ座の地下に過ぎない説」に落ち着きました。クリスティーヌとエリックがお散歩した森は、エリックが住処を自力でデコレーションしたものであると考えると、エリックが緑色の幕を怒りと悲しみに任せて自分が飾り付けた幕を取り払って、そこからホコリ(白い粉)がパラパラと降ってきてもおかしくないよなと。この場面のエリックの台詞をあまり覚えていないので、もしかしたら矛盾だらけかもしれませんが、とりあえずこんな感じで飲み込んでおきます。
キャスト感想
和樹エリック
楽屋でキスするクリスティーヌとシャンドンを見てしまって、初日おめでとうの薔薇を渡せないまま立ち尽くすところから始まる和樹さんのお家芸。振られ演技名人すぎます。切なくなりました。早口おたく語りも健在で楽しませてもらう場面も多かったです!
前述したとおり脇腹を撃たれてからのエリックとキャリエールの会話シーンが素晴らしいのはもちろんなんですけど、今回印象的だったのがキャリエールに激昂するところ。感情を制御できずに突然怒鳴ってしまうのが子どものようで、社会から切り離されたまま育ったエリックの悲しさをしみじみと受け止めることになりました。
あと『ジャック・ザ・リッパー』の成果なのか、るろ剣の成果なのか(見てないけど)わからないですけれど、舞台上における人殺しの手際の良さにびっくりしました。
希帆クリスティーヌ
初日直前にWキャストの予定がシングルになって大変だったと思うのですが、流石の歌声が聴けて幸せでした。そこまでもとても美しい声だったのにまことの愛で一気にギアが何段階も上がっていって圧倒されました。ビストロのハイキーも流石でした。本当に天使の歌声!
ふわふわした印象のクリスティーヌなんだけれど、洗濯をしようと意気込んでいるところなんかに希帆ちゃんらしい活力も感じて楽しかったです。
城田シャンドン
素敵でしたが絶妙に胡散くさかったです。城田シャンドンの愛は複数形だと思います。こんなに「クリスティーヌ!騙されないで!」って思いながら見ることになるとは。多分余裕たっぷりな様子が怪しいんでしょうね。本当にクリスティーヌに夢中になってる?1人だけを愛するって誓う?って。
あとWho Could Ever Have Dreamed Up You?でシャンパングラスを投げないのにびっくりしました。あれは達成シャンドン限定だったんですね。
みなさん歌唱が安定していたので、見ていて楽しかったです。
梅芸さん、他のイェストン作品も再演お願いしますね!
【希帆ちゃん関連】
とても好きなのにプロダクションが好みではなかったり、楽しみにしていたシスアクが中止になってしまったりでなかなか見られなかった希帆ちゃん。今年はたくさん見られて嬉しいです!
【和樹さん関連】
最後に作品で見たのは2021年末の北斗だったんですね!関連記事を探していてびっくりしました。めっちゃ見てる気がするのに。。。