Mind Palaceがない代わりに

来年には大学生じゃなくなるのでタイトル改めました。

隊列を組んでワン・デイ・モアする婦人会 ミュージカル『生きる』9/19 M 感想

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とても面白かったです!これまで見た日本オリジナル作品の中では3本の指に入ってくるくらい!!

作品・公演概要

生きる
原作:映画『生きる』(1952)
音楽:Jason Howland(ジェイソン・ハウランド)
脚本・歌詞:高橋知伽江
初演:2018年 東京
演出:宮本亜門

劇場:新国立劇場 中劇場

2020年の再演を経て3度目の上演。

 

キャスト

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渡辺勘治:市村正親
渡辺光男:村井良大
小説家:平方元基
田切とよ:髙野菜々
渡辺一枝:実咲凜音
組長:福井晶一
助役:鶴見辰吾

 

感想

以前、再演の映像(鹿賀勘治、小西小説家、唯月とよ、May'n一枝回)を見たことはあったんですけど、今回の公演はそのときよりスッと心に入ってくる感じがしました。演出の問題か、三演で何かがこなれてきたのか、今回の配役が私に合っているのか、はたまた受け取る私自身の変化が原因か。はっきりした理由はわからないですが、映像を見た時に感じたとよちゃんと一枝の「なんだこいつ!」感がかなり減っていたように思います。2人の人格がしっかり腑に落ちました。あと皆さん歌が安定していたので楽しかったです。特に福井さんと平方さん。みりおんさん(実咲さん)の歌声もクリアで好きでした。それから村井さんの怒りの表現も良かったです。

 

二度目の誕生日がとても素敵

市村さんはM!で見て以来でした。サイゴンのエンジニアであったり、ラカージュのザザであったり(どちらも短い動画を見ただけですが)、元気で溌溂としたイメージがあったので、渡辺勘治のような役どころはとても新鮮でした。背中を丸めてトボトボと歩く姿が寂しさをたたえていて印象的でした。そんな普段とのギャップが大きかったこともあってか、今回は勘治が新たな希望を持って前を向く「二度目の誕生日」が輝いていました。内に残るわずかな炎を焚きつけて大きくして、命を燃やすように歌う歌唱が素晴らしかったです。曲の途中で見ず知らずの学生が誕生日の仲間を祝う「Happy Birthday」の歌が挿入されて曲が一気に盛り上がるところも好きです。こんなにいい曲だったとは。今まで意識してきませんでした。

 

辛い場面をコミカルに

今作の魅力として「辛い場面こそコミカルに楽しい場面に変えてしまっている」ところがあります。1番は勘治が胃がんを宣告される(されないけど)シーン。一緒に待合室にいる患者から「胃潰瘍と言われたら胃がん」「何を食べてもいいと言われたら余命は短い」「お大事になんて言われたらせいぜい半年」などと歌い上げられた勘治が、見事にそのトリプルコンボを食らって落ち込むシーン。シリアスな余命宣告の場面を笑いに包まれるコミカルな場面にしてしまうのがとても面白かったです。

他にも公務員たちの「お役所縦割りソング」だったり、婦人会が役所でたらい回しにされる場面だったり、他部署長たちが勘治に嫌味と圧力を浴びる場面だったり、状況だけ見たら嫌になってしまいそうな場面でも、コミカルな動きを入れていくことで楽しい場面に仕上げていました。このユーモアのセンス、「重くなりすぎない」作風がとても素敵だと思います。

公務員たちの縦割り意識や前例至上主義、利権のことしか頭にない政治家、すごく「日本の解像度」が高いなとも思いました。勘治のお葬式で、光男が「父が死んで迷惑をかけて申し訳ない」と平謝りし、課長たちが助役をひたすらによいしょし、助役は死んだ人の手柄を横取りして鼻高々に語る、あの状況の惨たらしさが日本では「ありそう」なのが本当に怖いですよね。

 

隊列を組む市井の女のパワー

ここは映像で見た時からとても好きだった部分。今作における市井の女たちが活力と希望に溢れていて好きです。ミュージカルでは身分がある人、飢えている人、美化された人、だらしのない人みたいな極端な属性・性質の人が描かれることが多いと感じていて、女性の役は男性よりもさらに型にはまっていてバリエーションが少ない気がしていました。そんな中で、飢えるほどではないけれど毎日たくさんの気苦労があって、それでも仲間とやいのやいの言いながら生きている「私たち」のような美化されていない女性が舞台に登場して活躍することに嬉しくなります。

婦人会のメンバーによる「黒江町に公園を」という提案が実現したときに、彼女たちが『レ・ミゼラブル』のOne Day Moreよろしく隊列を組み(隊列の後ろで婦人会のフラッグも振っているのでがっつりパロディ)、自分たちには夢や希望を掴む力があるんだと行進している姿に目が潤みました。

それから細かいところだと、公園になる場所を訪れた勘治、とよちゃん、婦人会の面々がヤクザに囲まれたときに、女性陣がとよちゃんをさっと自分たちの背後に隠したのがかっこよかったです。ああいうのに弱い。

 

ひたすら優しい小説家

まずはこれを言わせてください。

平方元基さん、ミュージカル復帰おめでとうございます!!!」

コンサートでのご活躍は拝見していたのですが、作品に参加する姿を見られてとても幸せです。やっぱり平方さんの歌声と心に沁みるお芝居が好きだなと今回改めて感じました。これからもたくさん見たいです。

平方小説家は登場シーンからとにかく目がきらきらしていて善性100%、気のいいお兄さんといった感じでした。これまで演じてきた俳優さんの路線的に小説家という役は退廃的な雰囲気や危険なオーラを纏うものなのかなと思っていたのですが、平方小説家は底抜けにヘルシーでしたね。勘治のお金を懐に入れても全く心配の要素がない。

組長と助役の密会現場を押さえて「どうしてお金にもならないのにこんなことを~」なんて歌う場面では、思わず「君、最初からそういう人間でしょ!優しさ全開だったよ?」とつっこみたくなってしまったので、もう少し後半の展開とのギャップを前半で作っておいてもいいのかもなとは思いました。が、おかゆのように優しい小説家が率いるおかげで作品自体がまろやかであたたかい仕上がりになっていたのはそれはそれで良かったなとも思います。狂言回し的な立場を取る際のコミカルな表情と、勘治の想いとそれを理解しない人々のために目に涙を浮かべる姿、どちらも素敵でした。それにしても平方さんは物書きの役が多いですね。物書きをしている平方さんを見るとテンションが上がってしまうsomlの民なのでした。

 

それから、舞台美術も良かったです。役人たちが机に座ったままコロコロ移動するのは面白かったし、歓楽街のネオンやライトの使い方、映像背景の使い方も上手くて、日本オリジナル作品に感じがちな「シンプルすぎる寂しさ」みたいなものがありませんでした。このあたりは三演でこなれてきたことや劇場の規模感などの影響もあるのかもしれませんね。

 

中劇場でミュージカルを見るのはメリリーぶりでした!小中高生時代は中劇場でバレエを見る機会が多かったので、中劇場にミュージカルを見に行くのに違和感があって、そわそわわくわくしてしまいます。

私が観劇した翌日に上皇上皇后も観劇したそうなのですが「2幕を観劇」と書かれていてびびりました。体調面なのか時間の問題なのか事情はわからないけれど、2幕だけ観劇ってなんかちょっと「大変だな~」と思っちゃいました。

 

【ジェイソン・ハウランド×ホリプロ

同じくジェイソン・ハウランドとホリプロが組んで東京を舞台に製作した作品なのに、テーマも物語もブレブレになってしまった東ラブ。。。

 

【日本オリジナルミュージカル関連】

今のところ1番好きな「日本オリジナルミュージカル」は『フリーダ・カーロ』、次点で『リトルプリンス』

 

【平方さん関連】

somlの再演を待ち続けるゾンビです。