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ミュージカル観劇レポの保管庫です

シスターフッドで刻み込む「名もなきもの」ミュージカル『マリー・キュリー』3/24 S 感想

この日はジキハイとのマチソワ!日比谷有楽町周りの観劇とES執筆に追われて、諦めかけてたんだけど、TLに流れてくる評判が良すぎて「これは見られなかったら後悔する!」と思って捩じ込みました💪

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本当に見られて良かった😭

ネタバレありで感じたこと全部を書き残すぞーーー!!がんばれ私!!

作品・公演概要

마리 퀴리
作曲:チェ・ジョンユン
脚本:チョン・セウン
初演:2019年 ソウル

劇場:銀河劇場
演出:鈴木裕美
翻訳・訳詞:高橋亜子

 

公式サイトのあらすじ

19世紀末、マリーは、大学進学のため、パリ行きの列車に乗っていた。そこで出会ったアンヌと希望に胸を躍らせ、当時、少なかった女性科学者として、研究者のピエール・キュリーと共に新しい元素ラジウムを発見し、ノーベル賞を受賞する。ところが、ミステリアスな男・ルーベンが経営するラジウム工場では、体調を崩す工員が出てきて……。

 

構成としては

1幕→マリー・スクウォドフスカが科学者として道を切り開いて行く姿とラジウムの発見

2幕→ラジウムによる被害の拡大とマリーがそれに向き合うまで


死の間際にあるマリーが娘のイレーヌに自らの人生を語る場面から始まり、最後にその場面に戻ってくるという韓ミュあるあるな形式を取る。


マリーの人生を主軸に描きつつ、マリーと同じくポーランド出身でラジウム製品の工場で働くことになる架空の女性アンヌを登場させることで、ラジウムの罪の部分をよりエモーショナルに描き出すことに成功している。

 

作品感想

「名もなきもの」を探し出し、地図に刻み込む

物語はポーランドからパリに向かう列車の中で、マリーがひったくりにあい、それをアンヌが救うという場面から始まる。車内でマリーは元素を発見する夢をアンヌに語り「誰にもまだ呼ばれていない名もなきもの 私たち 暗い空席に その名探し出そう」と歌う。


この部分の歌詞はマリーが周期表に新たな元素を刻み込むことを意味する。ただ、それだけではなく「名もなきもの」にはマリーを取り巻くさまざまな状況が重ね合わせられている。

マリーの出身地であるポーランドワルシャワは当時、ポーランド分割の影響を受け、帝政ロシア支配下にあった。つまりポーランドは国としては存在できなくなっていた。そんなポーランドから1人やってきた、しかも女性であるマリーやアンヌもまた「名もなきもの」。

それからこの時点ではまだ独身だけれど、マリーは結婚してから「キュリー夫人」と呼ばれるようになる。1回目のノーベル賞受賞時のアナウンスは「ピエール・キュリー👏👏👏...とミセス・キュリー」だからね。彼女は「名を失う」存在でもある。

『「名もなきもの」を探し出し、地図に刻み込む』には、名を失ったポーランド、まだ名もなき存在であるマリーやアンヌ、これから名を失うマリーが重ねられ、自らの存在を知らしめ、歴史に刻み込みたいという願いが込められている。


列車のシーンに話を戻す。マリーが書いた周期表のメモを見てアンヌは、そこにマリーの名前を書き込んで自分にくれないかと言う。マリーは不思議に思いながらも自分の名前とそしてアンヌの名前を書いて渡す。この周期表のメモは、作品の1番最後、死の間際にあるマリーのもとにアンヌから送られてくる。そこにはアンヌと共にラジウム時計の工場で働き、そして死んでいった工員たちの名前が刻み込まれている。そこで、今作はラジウム製品工場で死んでいった「名もなき」工員たちの存在を刻み込む作品でもあるということが今一度示される。


これだけの内容を序盤の1曲に詰め込んでくるのよ。恐ろしいよね。

 

男社会の科学界を生き抜いたマリー

「私が誰かではなく、私が何をしたかを見てください」

PVにも使われているマリーの台詞。新たな元素の可能性を示唆した論文を資本家のルーベンに突き返されそうになった時に発したこの台詞に、男性社会の科学界で唯一の女性、そしてポーランドからの移民である彼女の闘いがぎゅっと詰まっていて泣きそうになった。この台詞は1幕の序盤で出てくるのだけれど、それだけでもう「今日見に来られてよかった」と思えた。


ソルボンヌでは、男子生徒たちから「まるで顔のない花」と言われ疎まれてるマリー。基本的には無視を決め込んでいるマリーだけれど「ミス・ポーランド」と言われたことに対して、「あなたたちが私をミス・ポーランドと呼ぶなら、私はあなたを『ミスター・フランス1』『ミスター・フランス2』って呼ぶわよ!!」と言い返す場面があって興奮した。最高。


マリー&ピエール・キュリー夫妻

今作では科学について早口語りするオタクカップルとして描かれている2人。研究の成果を2人して早口で語り始めてアンヌに困惑される場面があったりする。


出会いの場面が印象的

ソルボンヌに助手を務めるに相応しい学生を探しにきたピエールに、マリーは「研究室と仕事をください!!それから〜」と突撃する。

ピエールは何を勘違いしたか「私は独身主義者なんだ」と答える。マリーは思いもよらなかった回答にポカーンとしている。しばらくの沈黙の後マリーが再び口を開き「いえ、タングステンをもらいたくて」と言う。その発言にピエールも自分の勘違いに気がつく。そしてピエールは「あなたはなぜ科学研究をするのですか?」と問う。マリーは「それは、なぜ『女性のあなたが』科学研究をするのかということですか?」と問い返す。ピエールは「そこから『女性のあなたが』という部分を除いてもらえれば、それが私の聞きたいことです」と言う。


マリーとピエールが結婚するまでの様子が描かれるのはこの場面くらいだけれど、数ターンのやり取りで2人の関係をしっかり理解できるエピソードになっているのが素晴らしい!


マリーの研究動機

この問いに関する答えが明かされるのは2幕になってのこと。ピエールがマリーのモノマネを、マリーはピエールのモノマネをして笑いながら2人は当時を振り返る。そしてマリーの研究の理由はただ「知りたいから」であると告げられる。純粋な科学への興味、好奇心。マリーの研究はさまざまなサイドエフェクトを生み出すけれど、その真ん中にあるのは「知りたい」という思いでしかないということが2幕で提示される。


これがとてもいいなと思った。誰かのため、社会のため、人類のため、そういった目的は立派だけれど、「知りたい」っていう気持ちが学問の本質なんだと思う。それを科学研究の成果と被害を描いたこの作品に組み込んだのが見事だよ。

 

ラジウムパラダイスへようこそ

プロメテウスの火」にあたるような発明を待ち望み、科学者への支援を行っているルーベンはマリーの新元素発見の可能性に投資する。そして生まれたラジウムを使用した製品を販売し始める。特に文字盤が光る時計は大人気になる。人々がラジウム商品に熱狂する様子は、緑色にきらめく衣装を着たダンサーたちとルーベンによるショーアップされたナンバーで表現される。そこにBathtubs Over Broadwayで見たような企業ミュージカルを感じる。


ラジウム=マリーなのか

マリーはラジウムを発見した際に、自ら崩壊しながらエネルギーを放出するというその性質に、身体を酷使し、生活を犠牲にしながら研究に没頭することで成果を上げた自分自身を重ね合わせる。


だからこそ、ラジウムの負の側面が見えてきた時に対応が遅れる。


実験台であり共同研究者

マリーはラジウムががん細胞に効くことに気がつき、病院で臨床試験を行おうとする。その際に、目ががん細胞の圧迫により見えなくなっている少女ルイーズが被験者の候補として選ばれる。ルイーズは治療に後ろ向きで「私を実験台にするなんて!」と抵抗する。それに対してマリーは「そうよ。あなたは実験台。」と答える。困惑するルイーズに対し、マリーは「あなたを子ども扱いするならば、優しい言葉をかけることもできる。でもそうはしない。協力してくれるなら、あなたは私の共同研究者になるのよ」と続ける。これを受けてルイーズは治療を決意する。

治験者を実験台と断言してしまうマリーの率直さと誠実さに強く惹かれる場面。


工員=マウス

ルイーズの治療が思うような進展を見せず、マリーは放射線の照射量を増やそうとかんがえる。そのためにマウスを使った実験を始める。

この場面では、工員役のメンバーとアンヌ役の清水くるみちゃんがねずみの耳や尻尾をつけて登場。実験中のマウスの体調の変化をダンスと歌で表現する🐭 初めは元気に歌い踊っていたねずみたちだが、照射量と照射時間が増え始めると徐々に身体が動かなくなり、仕舞いには全員床に倒れ込んでしまう。


この場面では言わずもがな、ラジウム時計工場の作業員たちに出始めていた健康被害と実験用マウスの死亡を重ね合わせている。


ラジウム時計工場での健康被害とアンヌの活動

アンヌはガラス工になるべくパリを訪れる。雇われた工場では工員たちへの健康被害が出ていることから作業環境の改善を要求するも、アンヌは工場をクビになってしまう。それからアンヌはマリーの紹介でラジウム時計の工場で働き始める。工員の仕事は時計の文字盤にラジウムを塗ること。ラジウムを付けた筆を舐めて尖らせて数字に塗っていく。工場では皆がラジウムの可能性に希望を抱き、また同郷出身のマリーの活躍を誇りに思って、仲良く、懸命に働いていた。しかし、アンヌの同僚たちは次々に原因不明の死に追いやられていく。アンヌは雇い主のルーベンに同僚の検屍を求めるが、結果の告知は引き延ばされた挙句「梅毒」だと告げられる。アンヌはラジウムの危険性に気がつき始め、また「梅毒で死んだ」と死してなお名誉を傷つけられている同僚たちの汚名を晴らすため、調査を始める。


共に夢を語り合った親友が、マリーの発見により世に放たれたラジウムによって危険に晒されているという地獄展開。韓ミュは人の心をぶん投げ回すのがうますぎる。(主語がデカい)


マリー=ラジウムには「また次の機会」などない

マウスでの実験結果から、マリーはラジウムの危険性に気がつく。今すぐ公表すべきだと考えるが、今ラジウムの負の側面が明らかになれば臨床試験はストップし、治療を待つがん患者たちを見捨てることになる。


ここで歌われるナンバーでは、マリーを映す鏡が登場し、マリー=ラジウムにとって「見知らぬ私」が映し出される演出になっている。


ピエールは「一度試験が止まったとしても『またの機会に』」と声をかけるが、これに対してマリーが怒りを爆発させる。マリーはパリ科学アカデミーの選挙に落選したこと、その手紙に「またの機会に」と書かれていたことを明かす。男性科学者たちには「またの機会」があってもマリー=ラジウムには絶対にやってこないのだと。


ここで、マリーが自分自身をラジウムに重ねていることが効いてくる。


マリーとピエールは手分けして活動することに。マリーはルーベンに工場を一時止めて工員を休ませるように伝え、臨床試験を進める。(ただし、ルーベンはマリーに黙って工場を稼働させ続ける) ピエールは工員の健康被害の実態を明らかにしようとする。


光るアンヌ

アンヌは同僚たちの死の真相をルーベンが隠蔽していると確信し、彼が所有する病院に押しかける。そこではマリーがルイーズの治療を行っており、アンヌはマリーが隠蔽に加担していると考え、絶望する。


アンヌはラジウムの効果で文字盤が光る時計台の前で服を脱ぎ、青緑に光る自らの肌を大衆に見せながら「私が死んだら皆の前ですぐに検屍をしてほしい」と叫ぶ。彼女は注目を浴びながら死ぬことで、確実な検死結果を世間に届け、「梅毒」で死んだとされる同僚たちの汚名を晴らそうとする。


アンヌの身体が光るという衝撃、そして彼女が命を投げ打って同僚たちの名誉を回復しようとする姿に心を揺さぶられる。


マリー≠ラジウム

アンヌが飛び降りようとしているところに病院から追いかけてきたマリーが到着。もろもろの誤解を解きつつ「ラジウムは私そのものだから」判断を誤ってしまったと打ち明ける。

それに対してアンヌは「あなたはラジウムではない」と言い切る。アンヌがマリーの呪縛を断ち切るんだよ。そして2人は手を取り合って、ラジウムの危険性の周知を試みる。


ここでマリーが「それに検屍になら私を使うべきよ!だって私は誰よりも放射能を浴びているし、うちには正確な放射能測定器だってあるんだから!」って言うのも好き。


このタイミングで歌われるのが、YouTubeでフル尺公開されている「あなたは私の星」


アンヌにとって、ポーランドからの移民にとってマリーが今でも星であるということ、そしてマリーにとってはアンヌの存在が星であるということがかたられ、互いの光を頼りに前に進むことを誓う女女デュエット。泣くしかない。

 

ピエールの死と暴走する資本主義の行先

ピエールの死因は馬車との接触事故。ただ今作では、工員の死因を公表しようとする彼をルーベンが始末したように匂わせている。


マリーはピエールの検屍を依頼し、それによりラジウムの負の側面を証明しようとするが世間には見向きもされない。

この辺りから「ファクション」の限界が見え隠れする。マリーとアンヌが手を取り合ったとしても歴史的事実は覆らない。


ルーベンはフランスのみならずアメリカでもラジウム商売を展開しており、その欲望は止まるところを知らない。彼のソロ曲の終わりには赤い照明と爆発音。雨の音が聞こえはじめ、冒頭のマリーの部屋へと場面が転換する。


爆発と雨の音で原爆投下と黒い雨を連想させながら、死の間際、暗い表情を浮かべるマリーを描くことで、彼女が工員たちの死のみならず原爆投下にも罪を感じていると暗示するこの場面の流れ、素晴らしく鮮やかだった。


マリーの成し遂げたこと

アンヌはピエールの死後しばらくするとマリーの元を去ったこと、マリーはアンヌとの約束 (ラジウムの負の側面の公表) を果たせなかったと悔やんでいることをイレーヌに打ち明けるマリー。


イレーヌはマリーの話を聞き、数日前に届いた包みを取り出す。そこにはアンヌからの手紙と周期表のメモが入っている。


アンヌの手紙には、マリーの功績が記されている。ソルボンヌ大学初の女性教授になったこと、「プチ・キュリー」と呼ばれるレントゲン機械を搭載した救急車に乗って野戦病院を駆け回ったことなど彼女の功績を振り返る。


今作ではラジウムの負の側面を大きなテーマとして扱うけれど、最後に改めて彼女の功績を提示することで、観客はマリーをより一層愛することになる。そしてその語り手にアンヌを持ってくることで、マリーとアンヌ、2人のシスターフッドを強調して作品を締めくくるのがうまい!!

 

キャスト中心感想

というかほぼほぼちゃぴについて。

ちゃぴちゃぴちゃぴちゃぴちゃぴ!!!

もともとお芝居が好みだったところに昨年辺りから歌唱力の進化がエグすぎて、見れば見るほど好きになってしまう。大好きなんだが😭😭😭今回も難曲揃いなのにピッチ完璧だし歌声ものびのびしていてひぃえええってなりましたね。無双状態。年齢の表現も流石。


ちゃぴは可愛くて可憐で華があるけれど舞台に立つ姿がとても「自然」なんだよね。そこが好きなんだと思う。所作や表情の付け方も舞台映えするんだけれど、それが「役を生きること」を飛び出さないというか。


そして役の組み立て方も好みなんだと思う。ちゃぴの作り上げたマリーは、確実に善良だけれど率直で「優しい」みたいな柔らかい言葉は似合わなくて、そして誰かの希望たり得るような輝きがあって、「強い」というのもちょっと違う。言葉では割り切れないものの確実な一貫性のあるマリーなの。大好きになった。


あとピエールの死を受け止められず、ピエールの幻覚?幽霊?と言葉を交わすシーンのちゃぴマリーね。高潔な人間の死が確定してべそ泣きする遺される側の人間が大好きな人間なので沸いてしまった🤗 (参照: 君夢、Drink with Me、Someday)


くるみちゃんも良かったよ〜!溢れ出る善良なオーラと人好きのする愛らしさが活かされてた。精神的なつながりを描くのがうまいから、アンヌとマリーの絆、アンヌとの工員たちの仲の良さが強調されて、物語の面白さをぐいぐい引き出してた。あと演じている役の傾向的に闘うイメージがあまりないくるみちゃんが演じるからこそ、アンヌがたった1人で立ち上がり工員たちの無念を晴らそうとする様子に心を掴まれたんだろうと思う。


ルーベンの屋良さんは、やや声が上滑りするポップス歌唱なのが気になるのだけれど、役柄的にはハマってたと思う。


ピエールの上山さんも素敵だった。マリーとピエールの関係が湿っぽくなりすぎず、でも一緒にいるのが当たり前な共同研究者として描かれていたのがとても好みで、上山さんの演じ方も良かった〜

 

銀河劇場3階の死界

今回初めて訪れた銀河劇場。

当日引換券で3階2列サイドブロックに座ったのだが、前の人の頭で舞台の下手1/3くらい消えた!!😇


過去最高に見えづらかったかもしれない。手すりは目の錯覚で消せたりするけど、人の頭は対処のしようがない!!

舞台上の人物がみんな頭の陰に入ってしまって無人空間を見つめる時間もあったよ🤗

銀河劇場3階は最後列を選ぶのが吉だと思う。

 

【ちゃぴ関連】

【韓ミュ関連】