タイトルの意味もわからぬまま、ふと思い立ってチケットを買いましたが、「Les gens partent mais l’art reste ─ 人は去っても芸術は残る」の「ラフヘスト」だったのですね。好みのテーマでした。
作品・公演概要
라흐헤스트(l'art reste)
音楽: 문혜성(ムン・ヘソン)& 정혜지(チョン・ヘジ)
脚本・詞: 김한솔(キム・ハンソル)
製作: 홍컴퍼니(ホンカンパニー)
初演: 2022年 ソウル
ミュージカル 『ラフヘスト~残されたもの』 ※日本初演
劇場: 東京芸術劇場 シアターイースト
演出: 稲葉賀恵
日本語上演台本: オノマリコ
訳詞: オノマリコ、ソニン
企画: avex live creative、conSept
製作: 製作委員会
avex live creativeとconSeptの共同企画プロジェクト「belle waves」の作品第1弾とのことです。
キャスト
キム・ヒャンアン: ソニン
キム・ファンギ: 古屋敬多
イ・サン: 相葉裕樹
ピョン・トンリム: 山口乃々華
作品感想
観客として「試されている」感覚
そして、内容も調べずにふらっと劇場を訪れて、時代背景の説明がないままに(ないことでマイナスにはならない)目まぐるしく時と場所が移り変わる物語を浴びて「試されているぞ」という感覚がありました。
今作ではピョン・トンリムとイ・サン、キム・ヒャンアンとキム・ファンギ、2組のカップルの物語が交差していきます。トンリム&サンは京城に暮らしていますが、作中に(私の聞き逃しでなければ)「京城」や「ソウル」という言葉は登場せず、年代も明らかにはされません。「イ・サンという詩人が生きた時代」というところから時代背景を理解することが求められます。
本当に恥ずかしいことに、そして傲慢にも、まともに歴史を学んでこなかった私はトンリムの「三越デパートのタイルみたい」という例えやサンの「東京に行く」という発言、「芥川賞」「千疋屋のメロン」といったワードなどから時代を推察することになりました。今年は『ファンレター』も見る予定ですし、絶対に日本による韓国植民地化の歴史を学ばねばならぬと感じています。
時間の前後については、頭の中で完璧に組み立て直そうとすると結構大変なので、「考えるな、感じろ」精神で2組のカップル、そしてトンリム&ヒャンアンの交流に集中した方がいいかもしれません。
ミュージカル表現の「こなれ」感
どんな場面で歌うのか、1曲の中でどれだけの時間経過を表現するのか、といった判断が絶妙で、ミュージカル表現が「こなれている」な〜と感じました。
特に好きだったのは序盤のトンリムとサンの距離が近づく場面。カフェで出会った2人が歌う「角砂糖コロリン、コロリン、コロリン、コロリ」のところは、オリジナリティ溢れる表現の巧みさに痺れました。恋愛関係に発展する前の微妙なぎこちなさのある「歩こうか〜」のところも良かったです。
私はミュージカルのラブソングにおいて「具体性」と「オリジナリティ」を重視しています。それが芸術家を描く物語なら尚更、日常の端々にその人らしさを宿らせて欲しいと思うので、そこのところが満たされていて素敵だと感じました。日本オリジナルミュージカルにもこんな「こなれ感」が出てきてほしいな〜とも。
「芸術家の妻」視点は珍しいかも
今作は詩人イ・サンと画家キム・ファンギという2人の芸術家を夫としたピョン・トンリム(改めキム・ヒャンアン)を主人公とした「芸術家の妻」目線の物語です。
芸術家を描くミュージカルというと男性の芸術家を真ん中に据え、彼らと関わった女性たちを周りに置いて話を展開させるものが多いので、その点『ラフヘスト』は新鮮に感じました。
サンと一緒になるべきか悩むトンリムに対し、ヒャンアンは「一人で辛い夜をたくさん過ごすことになったとしても、輝いていた記憶だけを抱きしめるのよ」と言い、過去の自分の背を押します。
トンリム(ヒャンアン)の姿勢からは、芸術家の夫を支え「耐え忍ぶ」妻というような印象も少し受けました。ただ、彼女自身も随筆家・美術評論家としてのキャリアを持ち、最終的には画家にもなることで「芸術家」としての性質を強めていくので、古臭くはならない、絶妙なバランスになっています。
また、芸術家を描く作品にしては激情に駆られるような派手なシーンは少ない(特にファンギパート)のは意外でした。淡々と続く日々を生きる人間らしさのある芸術家の描き方が良かったです。
全体的に脚本の巧さを感じましたが、最後のトンリム&ヒャンアンの「名乗り」は蛇足かなと思います。
公演感想
久しぶりに「小さい劇場」で「少人数ミュージカル」を見られて心が満たされました。
キャストの方々のパフォーマンスも安定していました。私はソニンさんの感情が歌と競り合うような表現が好きなので、今作でもそこの部分が堪能できて嬉しかったです。そして相葉さんは、突然ファルセットが差し込まれるトンデモ楽曲を軽々と歌いこなしていて流石でした。
古屋さんは以前Flower Drum Songで見た時に、ポップスっぽい音の揺らし方と洋画吹替っぽい台詞回しがあまり合わず・・・というところだったのですが、今回は声質や歌声がファンギのピュアな魅力とハマっていていい感じでした。山口さんも歌い方が天真爛漫なトンリムにぴったりで、彼女の作るトンリムがすぐに好きになりました。終盤の歌い上げは、もっと作品をまとめ上げる力が欲しいと感じました。
あと今回気になったのが、舞台セットを手動で回したあと固定するための「安全装置」?みたいなものがあって、演者がそれを操作するたびにガッチャン!と大きな音がすること。小劇場なのですごく響く😂
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